Note
南房総の海に生きる漁師の声と海で働く魅力 ~前編(内房編)~
三方を海に囲まれた房総半島沖は、暖流の黒潮と寒流の親潮がぶつかり合い、昔から好漁場となっています。
南房総市の東京湾に面する内房は全国有数の浅海漁場であり、太平洋に面する外房では豊富な資源に恵まれた磯根魚や回遊性の魚類が来遊し、南房総市は内房と外房ともに漁業が盛んな地域として知られています。
今回は、南房総の海に生きる漁師の生の声と海で働く魅力について、前編後編の2回に分けてお伝えしていきます。
本前編では、内房の富浦漁港を拠点にする「サバ・サンマ漁業」と、小浦漁港を拠点にする岩井の「定置網漁」の2つをご紹介します。
「サバ・サンマ漁業」
港名:富浦漁港(南房総市富浦町多田良)
漁船:第一安房丸(だいいちあわまる)(120t)
所属:安房さば・さんま漁業生産組合(雇用型)

【富浦漁港に停泊する安房丸】
概要
内房の富浦地区の富浦漁港を拠点にしている「安房丸」は、例年、1~7月に伊豆諸島周辺でサバ漁、8月半ば~11月末は北海道東方沖などでサンマ漁をしています。
他の漁業と比べると、夜間操業や長期航海など、体力・精神力ともに求められますが、その分、乗組員の給料の待遇が良いなどの特徴があります。
※2024年度は、近年のサンマ漁の不漁が続く見通しが出され、サンマ漁に必要な人員(14人前後)の人手不足や燃料価格高騰の課題から、サンマ漁を断念し、やむを得ず8月以降も伊豆諸島周辺でのサバ漁を続けています。
サンマ棒受網漁法を続ける貴重な安房丸
サバ・サンマ漁は、夜、魚が光に集まる習性を利用します。特に「棒受網漁法(ぼううけあみぎょほう)」と言われるサンマ漁の漁法は、1930年代に千葉県の漁業者によって開発され、最盛期には100隻以上の大船団を形成し、港で盛大な壮行会が行われていたと伝えられています。
現在、千葉県内でこの伝統的な漁法を続けているのは、富浦の「安房丸」と銚子2隻のわずか3隻のみとなっています。安房丸は、歴史あるサンマ漁を現在まで続けている貴重な船の一つです。

【安房丸:集魚灯を使う夜間操業のため、大きな照明装置や大型のクレーンが目を引きます】

【安房丸の2023年のサンマ出漁の様子。乗組員全員がお揃いのTシャツと帽子を身に着け、乗組員の家族が5色のテープを投げて見送ります(写真提供:房日新聞社)】

【棒受網漁法の参考図(農林水産省HP)】
<安房丸のサンマ漁・サバ漁の詳細>

【夜の海を集魚灯で照らし、集まってきたサバをタモ網ですくい揚げるサバ漁の様子】

【富浦漁港でのサバ漁の水揚げ】
安房丸に乗る漁師の声
安房丸の漁労長(船頭)の鈴木勇人(すずきはやと)さんと乗組員の吉澤秀人(よしざわひでと)さんのお二人に、現場の経験や思いを伺いました。

【お揃いの安房丸の帽子をかぶる漁労長(船長)の鈴木さん(右)と乗組員の吉澤さん(左)】
漁師になったきっかけは?
鈴木さん:
「東京の大学を出てサラリーマンになりましたが、だんだんサラリーマン生活に魅力を感じなくなり、自然と地元で働いて骨をうずめようかなと思うようになりました。地元に戻り、家業である漁船経営を継ぎ、この仕事で飯を食っていこうと決心しました」
吉澤さん:
「若い頃から北海道の花咲で漁師をしていた経験を買われて、安房丸に声をかけてもらいました。今まで漁師の仕事が大変だと思ったことはありません」
一番のやりがいは何ですか?
鈴木さん・吉澤さん:
「自分の頑張りが良い漁獲につながって、報酬増にも直結するところです!」
サバ・サンマ漁の良い点は何ですか?
鈴木さん:
「収入は安定しないこともありますが、まとまった休みが取れるんですよ。そのまとまった休みを自分の好きなことに使えて、時間を有効活用できるのが良いですね。土日休みではないから、家族と一緒にどこかに遊びに行くことが少ない分、家にいるだけで家族は喜んでくれますね。人生において何をとるかですよ(笑)」
困っていることはありますか?
鈴木さん:
「近年、サンマは不漁が続いています。2023年はサンマ漁に出ましたが不漁でした。2024年は人員不足や燃料高騰もあり、サンマ漁を見送りました。乗組員は最低でも13人は欲しいところですが、求人をしても日本人の漁師が見つからず、2年前から外国人も雇用するようになりました。来年はサンマ漁に出る予定なので、あと2~3人くらいは欲しいです。海が好きで漁業に興味のある方がいたら大歓迎ですので、ぜひ安房丸に来て欲しいですね!」

【取材の最後に笑顔でガッチリポーズを決めてくれた鈴木さんと吉澤さん】
岩井の「定置網漁」
港名:小浦(こうら)漁港(南房総市小浦)
漁船:第八富山丸(19t)、第十八富山丸(19t) 計2艘
所属:岩井富浦漁業協同組合(雇用型)

【富山(岩井)地区の小浦漁港】
概要
内房の岩井富浦漁業協同組合では、富浦漁港を拠点にする富浦の定置網漁と小浦漁港を拠点にする岩井の定置網漁の2つの定置網漁を行っています。
本編では、岩井の定置網漁を取材しました。
※体験レポート「岩井の定置網漁を取材してきました!」もご覧ください!

【小浦漁港に停泊する定置網船2艘】
定置網漁は、海中の魚の通り道となる場所に大きな網を仕掛けて、網の中に魚が泳ぎ込むのを待つ漁法です。
定置網漁の特徴には、次のようなものがあります。
(1)新鮮な魚が獲れること
(2)獲りすぎを防ぐSDGs(持続可能)な漁であること
(3)環境に優しい省エネな漁(多くの燃料費を必要としない)であること
(4)漁具や網が魚を育てる漁礁として機能すること
定置網漁は雇用型漁業のため、安定した収入が見込める点が特徴です。また、乗組員の中には自ら漁業の組合員となって漁業権を取得し、個人で海士漁を行う人や、漁船を取得して独立し、小型漁船漁業に取り組む人もいます。

【定置網漁の参考図(農林水産省HP)】
<岩井の定置網漁の詳細>

【早朝の岩井の定置網漁】

【小浦漁港での水揚げの様子】

【朝獲れの新鮮な魚は直ぐにせりを行い流通へ】
岩井の定置網漁の取組
岩井の定置網漁は、漁獲量では外房の定置網漁に及ばないとのことですが、「魚の鮮度と質で勝負!」という目標を掲げています。そのため、獲れた魚に特別な処理をすることで、新鮮で質の良い魚を提供する取組を行っています。
例えば、価値の上がりそうな魚が獲れた場合はすぐに船上で血抜き(活け絞め)し、トラフグの場合は海水の入ったケースに一匹ずつ仕切って入れることで、魚を傷つけないように配慮します。魚種によってこうした様々な工夫を行い、出来る限り、魚が生きたままに近い状態で市場に届けられるように努めています。

【船上で血抜き(活け絞め)】

【ケース一匹ずつ仕切って入れるトラフグ】
岩井の定置網船に乗る漁師の声
岩井の定置網船に乗る副船頭の大塚恭弘(おおつかやすひろ)さんと乗組員の井山剛(いやまつよし)さんのお二人に、現場での経験や思いを伺いました。

【ガッチリポーズを決めてくれた副船頭の大塚さん(右)と乗組員の井山さん(左)】
漁師になったきっかけは?
大塚さん:
「実家が仲卸だったのもあり、前職は築地の仲卸業をやっていました。
流通の現場にいる中で、千葉県の魚は鮮度が良いのに市場での評価が低いと感じることが多く、内房の魚はもっと評価されてもいいんじゃないか?もっと上手くやれば良い魚を提供できるのでは?と思い、仲卸から漁師になろうと決心しました」
井山さん:
「実家が小売の魚屋だったので、小さい頃から魚には馴染みがありました。小浦にもよく訪れていて、自然と海の仕事に興味を持つようになりました。最終的には、自分で独立して海の仕事をしたいと思い、自然な流れで漁師になりました」
一番のやりがいは何ですか?
井山さん:
「自分の頑張りやスキルが収入に反映されるので、それが大きなやりがいにつながりますね」
船の上でしか味わえないことは何ですか?
大塚さん:
「やっぱり、海越しに見る富士山ですね。朝焼けや夕焼けで見る冬の富士山は、また格別です。漁師になって12年ですが、この景色は見飽きることはありませんね」
井山さん:
「沖の方にいても金木犀(きんもくせい)の香りがしたときは、驚きでしたね。自然ならではの不思議な体験ですね」
漁で大変なことは何ですか?
大塚さん:
「魚の質を安定して保つことが最も難しいですね。そこに時間と手間がかかりますから大変です。また海の上では気が抜けない危険な作業もあります。あとは地球温暖化の影響なのか、台風の強さや潮の速さが以前より増していて、リスクが大きくなっていることが気になります。
人手不足も課題ですね。自分たちが獲る魚に誇りを持って、新しいことを一緒に考えて取り組んでいける人に仲間になって欲しいなと思いますね。
都心で求人説明も行っているので、少しでも興味がある人にはぜひ参加して欲しいと思っています!」

【岩井の定置網船の上から海越しに見る早朝の富士山】
「南房総の海に生きる漁師の声と働く魅力」
本前編では、内房の富浦漁港を拠点にする「サバ・サンマ漁業」と、小浦漁港を拠点にする岩井の「定置網漁」の2つをご紹介させていただきました。
南房総市の海の魅力は景色の美しさだけではありません。
取材させていただいた漁師の皆さん全員が海の楽しさを語り、漁師の仕事に誇りを持っている姿が印象的でした。それと同時に、言葉ではなく、漁師さんたちの姿から、南房総の海には特別な魅力があることを教えていただいたような気がします。
次回の後編では、外房の「定置網漁」と「海士漁刺し網漁」を紹介します。
【関連リンク】
南房総市ノート
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